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当社の前身は織物の機械を作る、織機大工だったようです。

創業者板倉ハシメは、関東大震災には建築の為、東京へ行っていたようです。

現在取り壊ししている自宅下土中には、現在でも腐らずにいる鉋屑が、沢山埋まっているようです。

今回持ち出した物の中には、当時使われていた道具類や、当時加工された木製の歯車、刳り物を作った

ろくろと、沢山のノミが出てきました。

その他にも、私の祖母ヤイが使用していたと思われる、糸ソウコウを作っていたと思われる、木組みの道具や、膠の湯煎道具と膠も出てきました。

小高町の織物工場は、最盛期には五十数件の工場があったようです。

現代までの父の仕事は、記憶をたどれば飛を飛ばすステッキの加工や、飛定規の削り直し、歯車の交換、ロールの制作などの仕事のようでした。

改めて考えて見れば、これらの仕事をしていた父の時代は、貧しいかったのかと思います。

2017年06月02日